海辺に近い商店街の入り口に降ってしまったような落ち葉な男は緩やかなシンコペーションに頭を揺らせて歩いていた。ハンバーグの一口目はなんとなく物足りなく感じても、二口目、三口目でわかってくる、店を出る頃には次の来店を考えている、そんな洋食レストランから彼は出てきたばかりで、若い女が白い半袖ニットの裾を持ち上げてきれいなお腹をプルンとかいたこと、向かい側のテーブル席では父親が息子で息子が父親でありながら夢のような親友同士だったこと、を記憶しているのだった。暑い日だった。前を歩く新緑の男のTシャツの背中にハート形が浮かび上っていた。汗だった。隣を歩く銀色のサンダルを履いた女がそれに気づいて笑った。新緑の男はきまりが悪そうに真顔を赤らめた。恋人である美人は滲むハートを写真に収めようとした。新緑の男は正面にぐるりと向き直って背中を隠した。小さな可愛い竜巻のようにぐるぐる回る二人に吹き飛ばされるようにして落ち 葉な男は喫茶店に入った。アイスコーヒーを注文した。しばらく足元を見つめていた。黒のローファーにポツポツとミルクを垂らしてしまったのだ。
「十年以上もドット柄のシャツが気になっているのにな」落ち葉な男は一人きりのテーブル席で呟いた。
家に帰るまでの記憶はすでに失われていた。落ち葉な男は部屋で映画を観ていた。スペイン異端審問ミュージカルのダンサーになって踊ってみたかった、結局踊れなかった、と裏腹な運命の切なさに吹かれた。それだけではなかった。パリで暮らすこともリオデジャネイロで暮らすことも決してないだろう、と胸が詰まった。それだけではなかった。生きるということはとてつもない消耗であり残酷なまでに無駄であるという今更でもない事実に平伏した。時間など存在しないかのように唐突に青い夜が更けた。酒が飲みたかった。あのままワインの赤い海に溺死すべきだった。煙草もやめていた。代わりにたくさんの氷にカルピスとコーラを混ぜて飲み、ギターを抱えて覚えたてのポルトガル語の歌を口ずさんだ。
きみを夢見たことはない
映画に行ったこともない
サンバは好きじゃない
イパネマには行かない
雨は好きじゃないし
太陽も好きじゃない
落ち葉な男は泣いていた。最後の涙が落ちると、眩い星空に照らされた、小さな茂みが聴こえた。路上音楽家の夜風が鳴らしたのだった。お気に入りの溶けた置き時計の秒針が響き始めた。他人行儀なまでにその音は大きかった。静寂などありえなかった。窓を開けると海風が吹いた。自宅で潮の匂いがしたのは初めてだった。悲しく悟った気分はいつの間にか消えていた。落ち葉な男はもう一本映画を観ようとしたが、なぜ死んだはずの男が生きているのかわからなくなって途中で諦めた。布団に入ってノートに書きながら眠ってしまった。
....「ママ、はいってないよ」とても幼い女の子が切なく言った。果実の美味しい粒々がストローに詰まっていたのだ...
...ハワイアンを奏でる死者のグラス...
歌詞和訳引用: "Ligia" Joao Gilberto (Written by Antonio Carlos Jobim)
