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「旅行は楽しいね」甥っ子が言った。
「Kくんはここに住んでるんだから、旅行じゃないよ」姪っ子が注意した。
幼いいとこ同士は抜群に仲が良かった。姪は甥を愛していた。
「ぼく、Kくんみたいな優しい大人になる」甥は言った。
男は言葉に詰まった。彼の妹がコンビニから出てきた。
「そうだ。このホテルは持ち込み禁止だから」飲料が入った袋を見て男は言った。
「わかった。隠す ね」
「風船はいいの?」姪っ子は叔父を見上げて言った。
男は笑った。
「風船はいいよ」
別れに子どもは泣き、小雨が降り始め、メロンパンナちゃんのバルーンが揺れた。遠い通りの先で、甥っ子の声が微かに聞こえた。くるまにひかれるなよー。男は振り返り、雨に濡れる、小さくなって見えないような人影に最後の手を振り、口笛は歌に変わった。
I hear the drizzle of the rain Like a memory it falls
生まれて初めて自分を愛し始めた、その男の歌声はとても好ましかった。昨日の自己破壊者が放散する善美のイメージに、人々は彼を知り始めていた。再生産されない美意識。それだけで十分に頼りである、その強度の片鱗に励まされ、明日も明後日も、倦むことを知らない日曜日が、七年間は続くだろう。
あの愛の波動が届き、この説明のつかない突然の自家発電に拍車をかけている。妙に車を慎重に運転している。来月飛行機に乗るのが怖い。まだ死ぬわけにはいかない。決然的に不完全な表現を通して、例えば、弱者と共にあり、権威を転覆してやる。
歌詞引用:Kathy's Song / Paul Simon
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